聞こえのしくみ - 聞こえに困っている方へ
1.「音の三要素」について
音の特徴は1.高さ、2.大きさ、3.音色で決まるとされています。1の高さは「ド」「レ」「ミ」です。2の大きさは、そのまま音の大小です。それでは3の音色とはどのようなものでしょうか。
ピアノの鍵盤をド、レ、ミと押していくと、それぞれの音の「高さ」と「大きさ」は明確に分かります。その音が「ド」なのか「レ」なのかは分からなくても、高さが違うということは分かります。大きさに関しても、大きい音か小さい音かということは分かると思います。
しかし、「ドミソ」と和音を弾いた時はどうでしょうか。その音が「ド」と「ミ」と「ソ」である、とは答えられないかもしれません。でも「ドミソ」と「レファラ」の区別はつくでしょう。
音色の違いは、「ドミソ」の和音と「レファラ」の和音の違いのようなものです。日常生活で私たちが聞いている音は、「ド」「レ」「ミ」のような単純な音ではなく、和音のように「いろんな高さの音がそれぞれいろんな強さで混じり合っている音」の方が圧倒的に多く、しかもそれが短い時間で大きく変化しています。 したがって、音色の違いを分かるには「どの高さの音が、どんな割合で鳴っていて、それがどのように変化しているのか」というややこしい事を瞬時に判断しなければいけません。
それでは、私たちの耳は「いろんな高さの音がそれぞれいろんな強さで混じり合っている音」をどのように知覚しているのでしょう。
2.人間の耳のしくみ
音の知覚に関する耳のしくみを説明すると(図1)のようになります。
まず、耳介(じかい)と外耳道(がいじどう)が鼓膜まで音を導きます。耳の形は前方からの音を聞き取りやすくするとともに、比較的高い音を強調する働きがあります。
外耳道に入ってきた音は、その突き当たりにある鼓膜を振動させます。鼓膜は耳小骨(じしょうこつ)を介して内耳(ないじ)に振動を伝えます。鼓膜は、内耳に開いている窓の17倍ほどの面積があるので、音はその分濃縮して内耳に伝わります。
内耳の音を感じる部分は蝸牛(かぎゅう:カタツムリのこと)と言い、その名の通りの形をしています。内耳に伝わった音は、蝸牛に沿って張っている基底板(きていばん)という膜に波を起こします。
ある高さの音に対して最も大きく振動する基底板の場所は決まっていて、「ドミソ」の和音が内耳に入ると、基底板の「ド」に対応する部分と「ミ」に対応する部分と「ソ」に対応する部分が大きく振動します。 基底板上には内有毛細胞とそれに対応する神経がきれいに一列に配列しており、基底板の振動の大きさに応じた大きさの信号を神経に発生させます。
つまり、「ド」と「ミ」と「ソ」に対応する神経に、大きな信号が発生することになります。基底板上にはもう一つ重要な細胞があり、外有毛細胞と言います。これは内有毛細胞の外側に三列配列しています。外有毛細胞は基底板の振動を整え、音の知覚そのものや、音の高さの知覚などを鋭くしていると考えられています。
こうして、音の高さ(神経の種類)と大きさ(神経の信号の強さ)の情報が神経の信号に変えられ、脳に伝えられることになります。脳では伝えられた信号を統合して、音の知覚を行います。音色の知覚はもちろん、音がどちらから聞こえてくるかの方向感覚、音が危険性に関連しているかどうかの判別、音が言葉かどうかの判別、言葉の場合はその意味など、これまでの様々な経験と合わせて、音を知覚しているものと思われます。
3.伝音難聴と感音難聴
2で説明したように、耳の各部位は聞こえに関して異なる役割を担っています。ですから一口に「難聴」と言っても、異常がある部位によって性質が異なります。それらは大きく、伝音難聴と感音難聴に分類されます。
伝音難聴は、外耳、中耳に異常がある難聴です。外耳、中耳は音の振動を伝達する役目をしていますので、伝音難聴では音が小さくなってしまいます。しかし、音を大きくすれば、それがひずんで聞こえるようなことはあまりありません。
それに対して、内耳やそれより中枢に異常がある難聴を感音難聴と言います。
内耳は音の大きさだけでなく、高さの知覚を鋭くするなど様々な役目があると考えられています。そこに異常があると、例えば音の高さの区別がしにくくなります。
感音難聴では、言葉が聞き取りにくくなります。私たちが言葉を聞き分けるには、どの高さの音がどの程度の大きさの割合で鳴っているのかを判別しなければいけないからです。
その他、「補充現象」という音の大きさの変化に関する異常なども生じ、音がひずんで聞こえるようになってしまいます。
4.耳の病気
4-1.外耳の病気(図2)
耳垢がつまったり(耳垢栓塞:じこうそくせん)、異物が入ったり、耳の穴にできものができたり(外耳道腫瘍)、先天的な要因で耳の穴がふさがっていたり、極端に細かったり(外耳奇形)というものです。 外耳の役割は音を鼓膜に導くことですから、これらの病気では伝音難聴が生じます。
4-2.中耳の病気(図2)
代表的なのは、鼓膜に穴が開いてしまう慢性中耳炎です。穴があると鼓膜の面積が小さくなってしまうので、音が内耳に伝わる効率が落ちて伝音難聴が生じます。
また、大部分の患者さんは、耳小骨のまわりに炎症で変成した組織が絡みつくので、よりいっそう聞こえが悪くなります。あまり長く放置すると、炎症により発生した物質で内耳が傷つき、内耳機能まで落ちてしまうこともあります。
鼓膜の奥に液体が溜まり、鼓膜の動きが悪くなる滲出性(しんしゅつせい)中耳炎という病気もあります。これは鼓膜の奥の空気の入れ換えが悪くなることにより起こる病気で、7,8歳以下の子供とお年寄りに多く見られます。耳が塞がった感じがするのが特徴です。
その他、耳小骨の動きが悪くなる先天異常(中耳奇形)、内耳についている耳小骨(アブミ骨)が周囲の骨と癒着し、内耳に音が伝わりにくくなる耳硬化症などがあります。
4-3. 内耳の病気
内耳の病気は感音難聴を生じるので、聞こえにくくなる上に、ひずみ感が出るのが特徴です。
感音難聴では、ある範囲の高さの音だけが聞こえにくくなることもあります。その場合、高い音が妙に響いたり、自分や他の人の声が響いて聞こえたり、逆にくぐもって聞こえ、「聞こえにくい」とは感じないこともあります。
また、聞こえが急に落ちたのか、徐々に落ちたのかなどにより自覚症状が異なり、症状は多岐にわたります。
感音難聴の原因としては(図3)のようなものがあり、それぞれに症状の進行の仕方、どの高さの音が悪くなりやすいかなどの特徴があります。
原因が明らかでない感音難聴は、症状の起こり方(進行の仕方)などにより分類されます。突発性難聴、メニエール病、急性低音障害型感音難聴、特発性進行性感音難聴、老人性難聴などがこれに当たります。 突発性難聴、メニエール病、急性低音障害型感音難聴などは、症状が出てからあまり時間が経っていなければ、治療により回復することがありますので、早めに医療機関にかかることが重要です。
難聴の診断は、症状、経過、鼓膜の状態、聴力検査などを総合的に判断して行います。特に感音難聴を生じる病気では、何度か診察を繰り返し、初めて診断が確定する場合もあります。
詳しい検査を行う前に、思い込みを持ってしまうのはかえって理解の妨げになる可能性があります。あまり思い込みを持たずに、早めに医療機関を受診されることをおすすめします。
5.最後に
「聞こえ」というのは、生まれた時から持っている能力だけではなく、様々な経験をすることにより形成された知覚です。ですから、たとえ元々の能力が失われても、残っている能力を活用し、新たに作り上げることは可能なはずです。
発症から時間が経ってしまっている感音難聴を治して、耳の能力を上げるのは困難ですが、補聴器や人工内耳などで補うことにより、きっとあなたなりの聞こえを新たに作り上げることができます。
たとえ聞こえが悪くてもあきらめないでください。
このメッセージを最後に、この項を終わりたいと思います。
齊藤秀行(斉藤耳鼻咽喉科医院)